本日のSTVのラジオでも似たような話をしていましたがパクったわけではありません。ただ思い出すきっかけになったのは事実。
それは将棋
小学5年生のとき、クラスで将棋が流行り始めた。でも将棋盤や駒は学校に持ってきてはいけないのだ。それで私たちが始めた方法はボールペンで9×9の将棋盤を書き、鉛筆で「歩」だの「金」だの「飛」だの「王」だの書き、動かす駒を消しゴムで消して移動させるという将棋である。
超アナログだがデジタルなものはほとんどない時代だからあまり苦ではなかった。唯一消しゴムのかけ方が下手だと将棋盤が破れてしまう。そんな状態でもがんばって勝負がつくまで続けたりはしていた。
一マス一マス歩を消しては書き消しては書き、相手陣地に入ったら「と」になり、飛は相手陣地に入ったら龍となり、妙な漢字の練習にもなっていた。そのとき、休み時間のたびに書いては消し書いては消しとやっていたら当時の担任の釣崎先生が見かねたのか「そんなに将棋やりたいのか」「将棋をみんなに教えるから、将棋したい子は男女問わず仲間外れにしない。みんなでできるなら将棋盤を持ってきても良い」ということとなり、今でいう総合の時間を利用して釣崎先生による「将棋の駒動かし授業」がおこなわれた。消しゴムのカスが大量に発生するからだったかもしれない。まじめなクラスの委員長が「先生、掃除が大変なので男子の将棋やめさせてください」と言ったのかもしれない。
そんなわけでウチのクラスでは将棋が公認となった。
将棋で頭脳が鍛え上げられたからかわからないが後年、高校入試では小樽潮陵高校の合格者数が例年7~8人だったわが中学であるが。我々の年は15名ほど合格したはずだ。
例年12名ほどの小樽桜陽(我が母校)は25名ぐらい合格したはずだ。なぜか合格者数が倍増したのだ。これは将棋とは関係ないかもしれない、たまたま頭の良い学年だったのかもしれない。
数年前、ココイチでカレー食べながら新聞を読んでいたらお悔やみ欄に釣崎先生の御名前を見つけた。将棋の件だけではなく生涯であった先生の中でもトップクラスに良い先生だったのは間違いない。